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解説「へんなまんが meats へんなWeb小説 」泉信行(漫画研究家)

くらふと氏による本作は、杉浦茂風の絵柄で、とあるWeb小説を漫画化した二次創作作品だ。

そのWeb小説の名を『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』という(著者は橙乃ままれ。執筆当時は「ママレードサンドさん」の愛称で親しまれるSS職人だった)。

くらふと氏が、この両者をミックスした経緯について、まずは解説が必要だろう。

  • はじまりは杉浦茂展

杉浦茂は、戦前から児童漫画を発表していた古い漫画家だ。

多くのクリエイターから尊敬を集める、クリエイターズ・クリエイターとしての顔を彼は持っている。手塚治虫、赤塚不二夫、みなもと太郎、唐沢なをきなど、杉浦茂からの影響を語る漫画家は数多い。

奇妙で、ユーモラスで、ラクガキめいたプリミティブさを宿す杉浦茂の絵柄は、漢字で書く「漫画」というより、ひらがなの「まんが」と呼ぶのがぴったりだ。上記の作家たちも、ビビッドな「まんが」の世界を杉浦茂から受け継いでいる。

幼少のくらふと氏もまた、たまたま家にあった杉浦茂の作品に触れて育ったというが、漫画家として意識しはじめたのは、つい最近のことだ。

きっかけは去年に開催された、杉浦茂展だ。

その展覧会にはぼくも同行していたのだが、少なからぬインスパイアを感じていたようなのは確か。その後、ピクシブやニコニコ動画で杉浦茂絵柄のパロディ作品を盛んに発表するようになる。

はじめは「誰得」扱いされていた活動だったが、隠れた杉浦茂ファンたちの食いつきは良かったし、杉浦絵自体の魅力が新たに認知されだすのも時間の問題だった。

杉浦茂の作風を象徴する「ゆかいじゃのう」というフレーズは、もはやネットの一部における常套句ともなっている。

そんな「杉浦茂ブーム」を静かに巻き起こしたくらふと氏が、いま全力で手掛けているのが、本作『まんが「ゆかいな魔王と勇者」』なのだ。

  • 映像化困難な大河群像劇

本作の原作は、ほとんどが台詞のト書きのみで進行する変則的な小説である。ストーリーの面白さも特筆されるが、まず目立つのはその表現形式の奇抜さだろう。

しかも、掲示板のスレッドにして13スレ、文字数換算で80万文字以上のボリュームがある大作なのだ。多くの登場人物がこぞって活躍する群像劇でもあり、個人による映像化はとても困難だと思われていた。

その難事を、淡々とこなしつづけているのがくらふと氏である。

「そんなムボウな」というのが周囲の率直な反応だったが、順調にストーリーを消化していくにつれ、確かな信頼を勝ち得つつある。無謀な挑戦などではなかった。漫画にしようと思えば、なんでも漫画にできるものなのだ。

  • まんが的な「遊び」の妙

本作が成功した理由には、「杉浦茂スタイル」によるストーリー省略の妙があるのだろう。

「作画よりもコマ割りを決めるまでの作業が一番時間かかりますね」というのが本人の弁であるが、確かに本作は場面カットの工夫が随所に見られる。

大胆にお話を縮めながらも、「だいたいあってる」と思わせるための苦労は相当なもののはずだ。

元が会話中心の作品だけあって、立って会話しているだけの場面を単調にしないための演出も光っている。第一話からして、魔王の首がにょろんと伸びたり、口以外のところから声が出たり、意味不明なカエルの姿がコマのすみっこに描かれたり……。画面に変化を加える「遊び心」の数々は、杉浦茂スタイルを使いこなすくらふと氏ならでは。

そして削りに削った上で選択された場面が、原作ファンのツボをつくチョイスだから心憎い。登場直後のメイド姉が、メイド長の言葉を「理解」するくだりは原作でも屈指の名シーンだが、「ごめいわくをおかけしました」「よろしい」という些細なやり取りだけで、なぜだか感動させられたりする。

『まんが「ゆかいな魔王と勇者」』は、ネット上でなおも進行中である。この先、原作の舞台は広がり、キャラクターや組織もますます混雑していくだろう。交渉と戦争。数々の名場面が、原作の面影を感じさせつつ、へんてこなまんがになっていく。

それはとってもゆかいで、ごきげん。

※これは、2010年8月に刊行された「ゆかいなまおうとゆうしゃ(仮)」に収録された文章です。